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帽子職人の妻・多加子が、自分勝手なことをちょこっとおしゃべりします。 気の向いたときに少しづつ更新しますので、あまり期待しないで下さいね 多加子への専用メールはコチラ→ |
| 【念願のイタリア旅行】2007/07/27 | ||||||||||||||||||
長年行きたい ! 行きたい ! と願っていたイタリア。 やっと行く事ができましたので少しご紹介します。 ミラノからローマまでのツアー旅行でしたが、毎日が楽しくて楽しくて、 「帰りたくな〜い」を叫ぶほど楽しい日々。 日本と違って国中の時間はゆったりと流れ、細かな事はいいじゃないか〜の世界。 すっかり・どっぷり・嵌りまくりました。 「カンターレ、マンジャーレ、アモーレ・・・歌って、食べて、愛して」ガイドさんに教えてもらったイタリア人気質。 料理の仕分けも大雑把で、パスタの具が入ってなかった皿をガイドさんが抗議をしたら、 ウエイトレスさんは 「私は運んできただけ、私のせいじゃない」 で向こうへ行ってしまい・・・ それを食べるしかなかったけれど、「その通り」 と、思わず心の中でハハハ〜と大笑いしてしまいました。 レジで並んでいても、日本ではすっ飛んで来る別の店員さんも来ないし、 前のお客さんとは平気で長話してるし・・・、 でも慣れればなんだかあくせくしない、何事にもノープロブレムの日常は、 旅行客の私にとっては快適で楽しい世界。 でも改めて日本の「細かな心配りと丁寧さ」を再認識しました。 世界遺産の関係なのか5割増しの観光客、中でも中国人が多いのに驚き。 ミラノのドゥオーモ前のガッレリア(アーケード)入口すぐのボルサリーノ店も見、 パナマ帽を被っている人もあちこちで見、 観光客も地元の人も、その被りこなしには、さすがに歴史を感じます。 特に目を引いたヴェネチアのイタリア人。 濃色サングラス、白の麻スーツにパナマ帽。 ボーッと見とれてしまって写真が撮れなかったのが心残りで、 モデルのような長身とピタッと決まった被りこなしは、本当にステキ ! でした。
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| 【2つの目に見えないもの】2007/04/17 |
◆「目に見えないもの」その1 会長愛用のビン皮付け用ミシンを新しく買い換えました。 「自動糸切り」が付いていて、上の押さえと下歯で生地を送る「両送り」の「最新の業務用ミシン」です。 作業時間の短縮にもなるし、少々高めでしたが思い切って買う事にしました。 しかし2.3日使っていると、自動で次に上がってくるはずの糸が上ってこないのです。 すぐに担当者に電話して来てもらいました。 その人は60歳前後「最後のミシン修理職人」という風情の人。 「最後の」と付くのは・・・、 ミシンに関してあらゆる事に詳しく、骨身を惜しんで修理・点検し、部品を工夫して手作りし・・・と 「今後現れないだろうなこんな人」と思わせる、全くの昔ながらの職人さんそのものだからです。 その「最後のミシン職人さん」があれこれ見ても分からない、 メーカーに電話し、指示を受けながら点検しても分からない。 結局、次の日にメーカーの技術屋さんが来て点検する事になりました。 次の日来られた技術屋さんが丸一日あれこれ見ても良く分からない。 で、導き出した結論は・・・ コンピューターの不具合でも無く、機械でも無く、縫製技術でも無い 『 静 電 気 ! ! 』 静電気で部品にへばり付き、上がってこない糸。 目に見えないものに振り回された2日間でした。 ◆「目に見えないもの」その2 それは人間の心・・・なぁ〜んて、私にしてはちょっとウェットなお話。 文二郎のパナマ製作技術を受け継く人がいないという現状。 少々焦りが出てきました。 娘は全く興味がないようなので、いかにして次の代に継承していくかが、 文二郎と私の現在の大きなテーマです。 技術を受け継ぐ「職人」 帽子職人が長続きしない原因は何なのか、若い人が何を求めているのか、 何を不満に思っているのか、どう環境を整えればいいのか、 ・・・と、悩める毎日を過ごしていましたが・・・ ある日・・・ 受け入れる入れ物を大きくすればどうだろう。 網目からこぼれ落ちても、1人でも2人でも残ってくれればいいのではないか。 そう腹をくくりました。 だから、 『職人さんいらっしゃ〜い ! ! 』 |
| 【ページのリニューアル】2006/10/10 | |
| 「毎朝、店の前を掃除し、新しい商品を加え、美しく並べ、お客様をお迎えする」 バーチャルな当サイトでも、実店舗と同じようにしなければ・・・と常々思っています。 長い間更新されなかったり、古くさい作りのページだったりすると だんだんとお客様の訪れがなくなるでしょう。 お蔭様で、当店へのご訪問もご注文も順調にここまでこれましたが、 冬の帽子のページ更新をきっかけに、思いきってリニューアルする事にしました。 HP製作業者に依頼しようとも思ったのですが、こちらの意図を理解してもらい 形になるまでに随分時間が掛かるし、痒いところに手が届かない気がして・・・ やはり自分達で作る方が、何よりも自分達の考えているサイトが出来上がるのだと 多喜子店長と相談しました。 新しいページ作りは、私にとっては久々の大仕事でした。 ソース(ページを作る元の記述)も多数忘れていて、また一からの勉強で大変でしたが、 お気楽な性分ゆえ一方では楽しい作業でもありました。 当店は「分かり安く」を第一のモットーとしてきましたが、 その気持ちは新しいサイトになっても受け継がれています。 お客様がワンクリック(one-click)・ツークリック(two-click)で 商品ページに到達頂けるようにと考えて作っています。 新しくなったページの使い勝手はいかがでしょうか? 表示スタイルが替わりましたので、ブラウザの「画像が替わらない」、 「クリックしたのにページが表示されない」、「全体が歪んでいる」、 「ページの端が切れている」などありましたら、どうぞご教示下さいませ。 どんどんと進化していくつもりですので。
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| 【型入れ職人の募集は終わりました】2006/08/28 | |
沢山のご応募ありがとうございました。 その中からもう一名決定し、10月頃から働いてくれる事になりました。 一見おとなしそうだけど芯はしっかりしてそうで、笑い顔がかわいくて・・・ 文二郎は一目で気に入ったそうです。 7月から働いている山ちゃん(すぐニックネームがつくなんて、とても大阪的でしょ^^)とは 少しタイプの違う人ですが、この人もきっと大きな戦力になってくれると思います。 なお、会長の究極の職人技を継いでくれる 「ミシンとリボン付けの女性職人さん」は、まだまだ受け付けています。 近隣にお住まいの方、既婚で子育てがそろそろ楽になりそうな方、 永続性のある方、が条件的にはぴったりなのですが、何よりもまず意欲のある方が希望です。 キャリアのために何年かだけ修行したい、 将来自分のお店を持つために勉強したい・・・などの方は、 申し訳ございませんがご遠慮下さい。 多加子への直接メール→ |
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| 【Yahoo!店閉店と職人募集その後】2006/06/13 | |
Yahoo!店が5月末で閉店した事は皆様ご存知だと思いますが・・・原因は三輪の退職でした。 2005年から私と三輪がチームを組んで始めた「小文」ブランド。 三輪が「会社やめたいんですが・・・」と切り出したのが4月末でした。 問屋向け・ネット注文の製造がピークの時期なので、少々慌てました。 なんでも昨年の11月から転職活動をしていたと聞き、またもやビックリ ! でも新たな道に進みたいと希望する若者に、とどまれとは言えませんでした。 ここは気持ち良く、本人の希望通りに送り出してやろうと、文二郎と二人心に決めました。 それからYahoo!店の退店手続きや最終セールを準備し、 まとめて買って下さる方もいらして、無事終える事ができました。 お買い上げ下さいましたお客様、誠にありがとうございました。 「小文」はしばらくお休みしますが、次の職人が成長した時、新たなデザイン展開をみせてくれると思います。 また職人募集には沢山のご応募、ありがとうございました。 その中で最終的に文二郎が決めた人が、7月から働いてくれる事になりました。 とてもしっかりした良い方で、いろんな意味で文二郎の片腕になってくれそうな予感がします ! 今は土・日も無く働いていますので、「ブンさん、もう少しだから頑張って〜」です。(笑) さて、まだまだ職人募集(2名)していますので、型入れ帽子の製造をしたい方は応募して下さいね。 ○こつこつ正直に働いてくれる型入れ職人さん。こちらは20代くらいの男性。 ○将来的にスペシャリストになって欲しい・・・リボン付け・ミシン掛けの30代くらいの女性。 ではご応募お待ちしています。 |
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| 【帽子職人募集】2006/03/28 | |
| 長〜〜い間更新を怠っていて申し訳ございませんでした ! 多喜ちゃんに店長を任せてからは、2.3のページや写真撮影はヘルプしていたのですが、 すっかり安心してご隠居さんしていました。 (笑) ほんとうに良くやってくれるものですから、私の出番はまったく無い ! という嬉しい事態なんですよ。 さて、ご報告が随分遅れましたが、昨年職人の佐藤が当店から旅立ち、横浜に帰ってしまいました。 修行は5年間という入社した時からの約束なので、喜んで送り出すつもりだったのですが・・・ その成長をずっと見続けていたものにとって、なんだか子供が遠くに行ってしまったようで、しばらくは寂しい思いで一杯でした。 でも彼にとって大きな目標があるのですから、それに向かって突き進んでくれるように、心から祈っています。 それからもう一つ・・・ 職人就職志望で04年の暮からアルバイトで働いていた学生が、 そのまま就職してくれると思っていたのに、「もっとやりたい就職先がある」とかで、急にやめてしまいました。 文二郎も私も会社の皆も、突然の事だったので、ちょっとショックな日々を過ごしています。 2004の10月に【帽子職人募集】をしましたが、 その時に応募してくれた方たちにも大変申し訳ないことになりました。 また文二郎も私も、また一から振り出しに戻るのかと思うと、その期間がもったいなくてしかたがありません。 ですから職人への熱い思いがある方はどうぞ応募して下さい。 「一生私のそばで働いてくれる人」という文二郎の条件は同じです。 ○とにかく帽子が好きな方。 ○こつこつと長く続けてくれる方。 ○器用でない方。 多加子までメールお待ちしています。
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| 【文二郎帽子店Yahoo!店が開店しました】2005/02/03 | ||||||||
| 本日2月3日開店しました ! 文二郎帽子店Yahoo!店 文二郎帽子店で[BUNJIROW]を買って下さるお客様は、 ダンディーでお洒落に感心があり、社会的にもステータスの高い方が多いのですが、 もう少し年齢層を下げた方々の帽子が作りたくて、三輪とチームを組み仕事を進めてきました。 そしてついに[小文]というブランドが出来ました。 [BUNJIROW]への憧れは強いけれど、 [BUNJIROW]を被りこなせるまでには「大人の男」になりきれていない… そんな方々に被って欲しい帽子です。 将来[BUNJIROW]をかっこ良く被りこなせる男になる ! その第一ステップになれれば嬉しいなぁ〜と…。 [小文]の由来は… 文二郎の子分ブランドになるのだから、同じ発音だけれども、漢字が違う[小文]に。 ローマ字[co-bun]の[co-]は小さいという意味と、共通という意味と、両方の意味を持たせて。 大人過ぎない、高級過ぎない、派手過ぎない、渋すぎない、 [オーソドックス+α]が[小文]コンセプト。 右下のベージュピンクの帽子が[小文]を代表する帽子。 織ネームのマークを作ったのは三輪ですが、なかなか良くできていると思いませんか ?
その後、[小文]をどこで販売するか…と考えたのですが、 文二郎帽子店とは違うところで販売したいと思い、Yahoo!ストアに決めました。 Yahoo!ストアのページ作りは、正直なところ苦労の連続で…、 「エッライ事始めてしもうた ! 」と途中で投げ出しそうになりました。 (笑) [文二郎帽子店]の製作・編集に使用しているホームページビルダーは、 もう長く使っているのでチョチョイノチョイです。(←ウソ ! ) [文二郎帽子店Yahoo!店]はエディターがネット上にあり、 ページの製作方法が全く違うので、また一から習得しなくてはいけません。 Yahoo!の講習会で貰った厚さ5cmのマニュアルと首っぴきで格闘し、 理解力も落ちた年寄りには何回読んでも分からないことばかり。 作業は時間ばかりかかって・・・ 「なんでこうなるの ? 」「こうしたいのにどうして出来ないの ? 」 「これはマニュアルのどこに書いてある ? 」などなど、 思い通りにいかないことばかり ! [文二郎帽子店]開店の時には、面白がる余裕もあったのですが…、 5年という月日は長い ! ! ! ホトホト年を感じた次第です。 |
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| 【最後の写真撮影】2005/01/23 | ||||||||
| 昨日「文二郎のホンブルグ」の写真をリニューアルしました。 前のホンブルグ写真は随分前に撮影したもので、正直なところ、帽子も写真も満足 いくものではありませんでした。 文二郎が自分でも「最高の出来 ! 」と言う「文二郎のホンブルグ」が出来上がり、私も気合を入れて撮影しました。 「多喜子の日記」にもありますように、写真撮影も更新も少しずつ多喜子店長に任せることにしましたので、私が撮影する「文二郎帽子店の写真」としては、これが最後の撮影になりました。 ◆ホンブルグのページ◆ 「多喜子の日記」はとても好評で、皆様良く読んで下さっているようですね。 私からもお礼申し上げます。 「文二郎帽子店」は私の分身のように感じていましたので、私の手から離れてしまうのは少し寂しい気もします。 しかし多喜子店長の新しい感覚で、また違った素晴らしいページに育ててくれるはずだと、期待と確信を持って見守っていきたいと思います。 皆様、これからも変わらずご愛顧賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。
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| 【お陰様で帽子職人が見つかりました】2004/12/03 | ||||||||
| 当社の気風に合ったよさそうな人が見つかりました。 将来に期待 ! というところです。 詳しい事はまたご報告いたします。取り急ぎご報告まで。 |
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| 【帽子職人募集】2004/10/27 | ||||||||
| 帽子職人さん募集いたします ! 将来文二郎の片腕となるべく、永続性のある方を希望します。 「一生ボクの側で働いてくれる人」という文二郎の条件です。 ご希望の方はまずメール↓で、その後履歴書送って下さい。 |
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| 【店長交代です】2004/09/15 | ||||||||
| またまた久ぶりの更新です ! 本日発行のメルマガにも書きましたように、多喜ちゃんと店長を交代します。 仕事に対する管理能力もあり責任感もある彼女なら、立派に店長が務まると思います。 私はサイト管理人として残りますが、多喜ちゃんのこと皆様どうぞよろしくお願いいたします。 多喜ちゃんに任せている分、私は暇になるかと思っていたのですが、なんのなんの〜 次々とやるべきことが発生し・・・なかなか休ませてくれません。 2〜3件仕事を抱えていますが、皆様にご報告するのはもう少し先になるかと思います。 |
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| 【新しく入った嬉しい社員たち】 | ||||||||
| 久しぶりの更新です ! 最近はお客様へのメール対応はアシスタントの多喜(木村多喜子)ちゃんに任せっぱなしなので、ご注文のお客様にもリピーターの皆様にも、メールではご無沙汰しております。ペコリ ! 多喜ちゃんはハキハキしていて、とても良い子で、「はい」「お願いします」「ありがとうございました」と、いつも明るい返事が返ってきます。きっと家庭できちんと躾けられたお嬢さんなのでしょうね。 もう1人事務の森口さんも前後して入社したのですが、彼女も明るくて、仕事も良く出来て、今の私は完全に二人に支えられています。 彼女たちのお陰で職場も一段と明るくなりましたし、平均年齢もずーと下がりましたしね(笑) 多喜ちゃんもほぼ完璧にこなしてくれるようになりましたので、もう少ししたら店長を変わってもらうつもりです。(私のページ作りは暫く続きますが) 皆様どうぞよろしくお願いいたします。 |
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| 【日本一の帽子職人目指している新入の三輪です】 | ||||||||
彼との出会いも突然でした。それは、2003年の2月1通のメール。 『はじめまして。岐阜に住んでいる三輪 了といいます。 私は帽子が好きです。文次郎店の帽子、、、すごくカッコいいです。 どこにおいてあるんですか? 作っているところを是非見たいのですが、見学させて頂けないでしょうか?? 大阪駅からどのように行けばよろしいでしょうか??』 たったこれだけ 文二郎の字も間違ってるし (苦笑) こちらの時間や曜日の都合を書いて返信して・・・ 届いたのか届かないかのうちに、突然に会社へやって来たのです ! その行動力には感心しました。(考えているか考えてないかは別にして) とりあえず社内を案内・説明して「履歴書送って下さい。」と帰しました。 数日して履歴書が届き、志望の動機のところに、ひときわ目を引くサインペンで 『日本で唯一の帽子職人のもとで、日本一、世界一の帽子を作りたいです』 と書いてありました。 文二郎「気の早いやつやなぁ〜」と一言 私「今後に期待やね」 ところがもう一枚別紙がありました。 彼が初心を忘れないように、いつまでもこころざしを持っていて欲しい・・・ という、私たちの願いを込めて全文掲載します 『就職するとはどういう事なのか、この1年ずっと考えていました。廻りの友人達が次々と決まっていく中で、焦りながらひたすら思考していました。とりあえず高専からいける会社に行ったらどうだと言われることも何度かありました。どのよう会社へ入っても必ず自分にとってプラスだということは分かっていましたが、僕にはその「とりあえず」とう言葉がすごく気になりました。 せっかく自分の仕事が選べるのに「とりあえず」はないだろう。「とりあえず」の仕事をしている間に、もし自分が死んでしまったらどれだけ後悔するだろうか。だったら自分のやりたいことをやった方が絶対いい ! そう思いました。よしっ、モノを作るのが好きだから、すごいモノを作る人になろう。でも、何が作りたいのだろうか。そんな時、仲の良い服を作っている女の人の店でステキな帽子を見ました。ベレー帽なのですが、それが本当にすごいキレイでカワイイものでした。 帽子はやっぱり良いなぁと思いました。また、そんな時友人のハットを1日借りて被っていました。そのハットを手に取って眺めてみると、なんともカッコ良いのです。あぁ〜ハットはカツコいいなぁ〜よし、これを作ろうと思いました。ネットで調べたところ文二郎帽子店へたどりついたのです。 以上の通り、僕が御社で働きたいという理由はこのように生まれました。佐藤さんの想い(御社のページで読みました)に比べたら僕の想いはちっぽけかも知れませんが、でもこれが僕の素直な志望動機です。何度も自分に問いかけました。「お前はそんな気持ちで本当にやっていけるのか ? 」「佐藤さんくらいの気持ちじゃないとやっていけないのだろうか ? 」・・・ それでもやはり答えは「やりたい」でした。だからこの気持ちを大切にしようと思います。僕がやっと持つことが出来たこの気持ちを大切にしようと思います。 今のぼくの中には「何年間修行して自分の店を持とう」とか「何年間かしたら海外へ行ってもっと勉強しよう」とかいう将来に対するビジョンはまだありません。ただ1日1日向上心を持って帽子作りに励んでいこうと思います。今はこういう考えです。 このような考えを持っている私ですが、是非御社で働かせて頂けますようお願い致します。 一緒に世界一の帽子を作っていきたいです。』 |
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| 【職人志望の若者】 | ||
「『職人になりたい』とかいう電話あったよ」 「あっそう。またどうせ続かんやろし…」 「そうやなー」 と文二郎と私の何時もの会話。 ある日のこと。 私がいる2階から下に降りていったら、丁度文二郎が電話中でありました。 横で聞いていると、先日の職人志望の人のよう。 横から「履歴書送って」と紙に書いて文二郎に渡したのです。 運命というか、必然というか、確信というか、何か分からないけけど 彼と私達が繋がった最初の1瞬でした。 それから2〜3週間後の忘れた頃、1通の履歴書が。 期待もしないで開けた中から履歴書と1通の手紙。 その手紙は、二人が感動で震えた素晴らしいものでした。 -------原文そのまま------------------------------ …略… 履歴書で書ききれなかった事をここで書かせて下さい。 前に女性の為の帽子教室の様な所で、そこの方に帽子の世界は閉鎖的だからねと 言われていたので簡単に断られると思っていましたが トラヤさんそして西川さんには丁寧な対応をしていただき、 大変驚き、また嬉しく思いました。ありがとうございました。 僕が帽子に興味を持ったきっかけは、安っぽく聞こえてしまうかも知れませんが PUNKという音楽からでした。 その中のOIというジャンルはファッション的に紳士を意識したものが多く感じられ、 また帽子も多く被られています。 帽子を作ろうと思ったのは、 帽子屋さんに行っても自分の頭に合うサイズが無い。 作りが安っぽい。 かといってトラヤさんのように良い帽子屋さんは僕には手が出ない。 という理由から今までは骨董・アンティーク屋さんを廻って 埃をかぶった古い帽子を集めていました。 中には例外もありますが、たいていの物は作りがしっかりしている様に思います。 半分壊れた帽子で中の作りを見ることも出来ました。 そこで昔の様にしっかりとした作りで自分に合うサイズのものを作りたいと思ったのです。 僕は特にボーラーが好きです。 シンプルなデザインでありながら、ブランドによって少しかえるだけで あれだけ色々な顔を持つところが魅力です。 帽子デザイナーになりたいわけではありません。 昔からあるものをそのまま作りたい。 最終的には自分のお店を持ちたいと考えています。 昔からあるデザインを崩すことなくオリジナルの帽子を置きたい。 これで生計を立てていくのはかなり難しいとは思いますが、それが最終的な夢です。 従業員として雇って頂くのが難しければ、 ご迷惑とは思いますが無給で勉強させていただくだけでもかまいません。 よろしくお願いいたします。 あともうひとつ僕のわがままを聞いていただけないでしょうか。 1度そちらに伺って帽子を作っているところを見学させて欲しいのですが。 本当にいきなり勝手なお願いばかりで申し訳ありません。 お返事頂ければ嬉しいです。 失礼しました。 佐藤雅規 ---------------------------------------------------- 「時間をかけて、考えぬいて」きっと彼は書くのに随分苦労しただろうな…と思いました。 その中で私達がなにより気に入ったのは 【帽子デザイナーになりたいわけではありません。昔からあるものをそのまま作りたい。】 という個所です。 帽子のデザイナーにでもなろうかな…という「うかれた若者」ではなく、 帽子に対して「自分の考え」を持っているすばらしい若者だと感じたのです。 ------そして多加子が出した返事のメールは--------------- …略… 今日履歴書が届き、早速見せていただきました。 同封の手紙に熱心な気持ち、とても強い情熱を感じました。 …略… 出来あがった帽子は美しいものですが、製作工程はまさしく3Kです。 ボイラーを焚いていますので夏は40度を越え、 夫も毎年夏場は5キロほど痩せてしまいます。 1日中立ちっぱなしの仕事ですし、毎日同じことの繰り返しで 全て地味な仕事の積み重ねです。 性格的にもコツコツと忍耐強い人でないと長続きしません。 (今までにも若い人が少しは入社しましたが、 長続きしなかったのですよ。) パナマの技術は難しく、職人歴30年以上の夫さえ 「一生の勉強」だと言っています。 どうですか。少しこわくなったでしょう? もし、気持ちが変わらなければ1度こちらに来られますか? 汚い・古い工場を見て、色々と話すれば、 また気持ちも変わるかも知れませんね。 では良く考えて… お返事待っています。 ------そして返事が来ました--------------- …略… お返事を読ませて頂いて、正直少し怖くなりました。 が、このチャンスを逃したくありません。 今はこの話しが進みつつあることに緊張をしています。 質問に答えさせて頂きます。 現在、アルバイトをしています。 …略… ここの仕事もまた違った形の3kだと思います。 僕は、これ以上痩せられない体型ですが、何とかがんばります。 大学を辞めるときに”仕事”について考えました。 今の仕事を始めてから人に使われる事のもどかしさ、人を使う事の難しさ、、 性格の違う者同士の仕事の行き違い、仕事を与えられる事の安心感と、つまらなさ、 などを学びました。 その結果、1人でやりたいと思い、検討を繰り返し、帽子で、と思ったのです。 どんな仕事も時間がたって慣れてくると毎日同じ事の繰り返しになると思います。 あとはその仕事を誇りに思うことだと思います。 今はまだ少し怖いですが、実際に触れることで変わると思います。 ぜひ1度伺わせて頂きたいです。 よろしくお願いいたします。 --------------------------------------------------------- その後1度会い、私達の感想はピッタリ当たっていたのをますます実感。 今はこの出会いに本当に感謝しています。 性格も素直でやさしく、仕事もキチッとしてくれるし、 何より帽子を愛していることが私達にとって一番嬉しいこと。 文二郎と性格も食の好みも良く似ていて、親子じゃないかと思うくらい。 これこそ運命の必然の出会いだと思ってます。 そして、彼が文二郎の職人としての技術を受け継いでくれるのを 何より願う今日この頃です。 ---------------------------------------------------------
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| 【アメリカ事情--最近の帽子動向】 |
| ある日、とてもご贔屓いただいているお客様から、貴重な情報をお寄せ頂きました。 英語に弱い私にとってはとてもありがたいことです!!感謝!! アメリカにおける帽子のトレンド情報です。 『5月4日付けの全米で最も読まれている ”USA Today"の"Life"のページに「トレンドと社会現象」として「フェドーラが帰ってきた」という記事がSinatraの写真とともにでていました。 内容は以下のようです。 最近、ファッションとして若い男性が低音の歌手、フランクシナトラに注目している。フェドーラはすでに、古いハットではない。ハンフリーボガードやイデアナジョーンズによって伝説的になったフェルト帽子が、20歳代、さらには10歳代の若者の頭に益々、被られるようになってきた。 ニューヨークのハーレムからヒューストンまで、自由な若者は、食事やバーに行くのにアルマーニの服にフェドーラを合わせて被るようになってきた。 ジーンズをはき、Tシャツを着た高校生が、自分の祖父と一緒に(注:ここがいいですね?)、帽子屋に入り、フェドーラを買って被って散歩に出るようになった。 「若い世代は、野球帽を脱ぎ捨てている、神に感謝しよう」と、スター達の頭部を優雅にしたフェドーラやウエスタンハットを販売しているニューヨークのロチェスターを本拠にしているDave Brown氏は語っている。慣例を破った赤や白の広ブリムのフェドーラが有名人の頭部を飾っている。 記者 Oliva Barker 』 というものです。 嬉しいですねぇー。 最近のご注文やオーダーでも20代30代の方が増えてきたので、少しづつ感じていた現象ですが、アメリカはもうすでに…なんですね。 大人の方だけでなく、若い人にも被ってもらいたくてこのネットショップを始めた私達。 もっと頑張って、皆に喜んでもらえる帽子作りに励もう…とますます決意を新たにしました。 |
| わっ! 台湾から注文が! |
……英語のメールが入ってる。 宣伝メールとは違うようだ。 えっ? 『 文二郎の帽子を買いたい』って書いてある! 住所はどこ? 台湾 ! ! 英語は辞書を引いて理解はできたけれど、返事を書くのができないよー えーらいこっちゃ。 どうしたらいいの? 代金回収は? 梱包は? 送料は? 船便? 航空便? 宅配? 郵便? もうパニック。 まず落ち着いて・落ち着いてと自分に言い聞かせる。 支払いはHi-HO CHECKとしてあるので、その処理を先に片づけよう。 Hi-HO事務局に電話して相談すると「クレジットは使えるのでおそらく決済はされる」ということで、これはクリヤー。 くずぐずしていたら注文者からFAXが… 「好んでます」とか「早く欲しいです」など。 「お」や「ご」も使われているとても丁寧な日本語で、十分理解のできるものだった。 きっと年配の方かな? 結局Hi-HO事務局に教えてもらったUPS宅急便(ヤマト運輸と提携)で送ることにする。 送料を予測すると4,000円になった。 「返事は日本語でもいいです」とあったので、早速送料が4,000円もかかることを相談すると… 「送料についてご心配しなくていいです。いくらでもこちらからお払いします。」とのこと。 「へーよっぽど気に入ったのかなぁー」と文二郎と感心した。 送り状と個人用インボイスを配達してもらい記入する。 これまた記入も一苦労! さてそれから荷造り。いつものように文二郎帽子店の箱に入れ、クラフト紙で包装。 頑丈に2重にしようと、外箱を探してみると、ちょうど良い寸法の箱があった。 しかし…先方に届いたら「なんじゃこれ?」と思われそうなくらい ★★ハデハデ★★ まーいいっか、帽子が壊れるよりいいでしょう! 箱と箱の間にクッション材を一杯詰めてからもう一度量ったら、1Kgも増えているではないの ? ! で、送料1,000円がアップに ! ! …結局この1,000円は当店の負担になった。 海外進出のきっかけになるやも…と期待したのだけど、手間もかかるし、苦労が多いし、 もう海外発送はこれっきりだぁー! |
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